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リリ・ブーランジェの魅惑

南部由貴, 谷郁, 小阪亜矢子, 坂本久美, 中川詩歩

24歳という若さで命の花を散らしたフランスの作曲家リリ・ブーランジェ。その類稀な才能によって生み出された瑞々しくも熟達した音は、心に真っ直ぐに届きそして強く揺さぶってくる。

Lili Boulanger(リリ・ブーランジェ)
1893年8月21日生 1918年3月15日没

フランスのパリにて、作曲家の父をはじめとする音楽一家に生まれ、幼い頃から音楽への才能に恵まれて神童と呼ばれた彼女だが、生まれてすぐに患った大病のために短命を予告され、常に様々な病苦と向き合いながらの人生であった。
体調のため継続的なレッスンを受けることが難しい制約のなかでも、リリは幼いころから好んでさまざまな楽器演奏を学び、また作曲についても6歳年上の姉の後ろに付いて音楽院の授業に潜り込んだり、ジョルジュ・コサードらの師から多くを学んで、若干19歳にして女性初となる音楽部門でのローマ大賞を受賞するという大きな功績を残した。
彼女は24歳という若さで人生を終えているため、残っている作品数は決して多くないが、それらの作品は彼女の若い瑞々しさをたたえてはいても、決して「未熟」というものではない。
(谷郁)

*****

D'un Vieux Jardin (古い庭から)
1914年5月26日〜27日作曲、6月3日完成

D'un Jardin Clair (明るい庭から)
1914年6月15日〜18日作曲、19日完成

両曲ともにローマのヴィラ・メディチで作曲された。ヴィラ・メディチとはローマ大賞を受賞した若き芸術家が滞在し、創作をするために設けられた施設である。リリは1914年と1915年にそれぞれ約4ヶ月滞在し、作品を創作した。
「古い庭から」はヴィラ・メディチで最初に書かれたピアノ曲。自筆譜には細かく速度記号や強弱記号が書き込まれている。美しいラインのメロディーと、調性間を揺らぎながらもしっかりとした和声によって、庭の陰影や奥行き、光と影、そして古い庭の歴史をも垣間見せてくれる作品となっている。短いながらもリリの創作する世界の深さを感じさせる。
「明るい庭から」は、初夏の庭の光の煌きを感じる作品。タイトルはリリの死後、リコルディ社から出版される際につけられた。この曲にも細部にまで様々な指示が書き込まれている。明るく瑞々しく始まる音楽が、次第に午後のまどろみのような時間となってゆく。リリの内面を思わせる可愛らしい作品。
(南部由貴)

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Les sirenes (レ・シレーヌ)
1911年作曲

リリが18歳の時の作品。17歳以前に作曲したと思われる楽曲は彼女自身が破棄しており、18歳の時に書かれたレ・シレーヌを含む数曲が、現在まで残るリリの作品の中で最も古いものである。
シレーヌとは、ギリシャ神話に登場する水の精セイレーンのことで、上半身が人間の女性、下半身が鳥のかたちをした美しい姉妹で、その美しい歌声で船乗りを魅惑し破滅(死)に導くと言われている(のちに下半身が魚の人魚の物語へと変化していく)。

テキストはリリと同時代にパリを中心に活躍した詩人Charles Grandmougin(シャールズ・グランムージャン)によるもので、「私たちは美そのもの どんな強い男も惑わす」というシレーヌたちの印象的な言葉から口が切られる(訳詞は文末に掲載)。

この作品はソプラノソロと女声三部合唱とピアノのために書かれているが、一部に「舞台裏の合唱」と指定のある三部合唱があり、そこでは女声だけでなくテノールパートを伴う。オペラを思わせる編成であるが、リリはこの時期すでにローマ大賞に提出するカンタータの準備を始めていたようで、またリリは生涯オペラの作曲に情熱を持っていたことも知られており(未完のまま生涯を終えた)そういった構想を展望したうえでの作曲だったのかもしれない。

楽曲の冒頭ではピアノの低音によるcis(ド#)のオスティナートが28小節に渡って続き、聴くものを幻想的な世界へと誘う。声楽パートは、シレーヌの三姉妹が順に口を開くような模倣で始まり、いずれのパートも「伴奏」に徹することはなくそれぞれに美しい主張がある。中間部以降ではピアノによる十六分音符が水のように絶えず流れるなかソロが歌われ、続いて合唱によって高らかに力強く「私たちは不死の姉妹」と歌われる。再現部を挟んで最後はシレーヌたちの歌声が海の彼方に消えていくかのように静かに終わる。

今回の演奏では、女声三部合唱の部分を三名の歌い手によるアンサンブルでお聴きいただくのに加えて、舞台裏の合唱のシーンも本人たちの声による多重録音という、録音だからこそ実現した形で、シレーヌたちの歌声を存分にお楽しみいただきたい。
(谷郁)

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レ・シレーヌ

私たちは美そのもの
どんな強い男も惑わす
霧と泡でできた
ふるえる花
口づけは死者の夢

この金色の髪と髪の間で
水は銀の涙と輝く
光で色を変える眼差しは
波のような緑と碧

麦の穂のかすかな音を立て
私たちは翼もなくはためく

優しい征服者を探している
私たちは不死の姉妹
地上の心の欲望に捧げられる

(訳:小阪亜矢子)

*****

制作

ディレクション 谷郁
録音編集 谷郁 柳嶋耕太
動画制作 谷郁
歌詞翻訳 小阪亜矢子
賛助出演 田尻健(テノール)

Program

Total
12:45

Artists

南部由貴

南部由貴

ピアノ

Tags

リリ・ブーランジェの魅惑

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24歳という若さで命の花を散らしたフランスの作曲家リリ・ブーランジェ。その類稀な才能によって生み出された瑞々しくも熟達した音は、心に真っ直ぐに届きそして強く揺さぶってくる。

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