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「夜半楽/春風馬堤曲 (与謝蕪村による18曲の詩劇)」 Live version

小阪亜矢子

“夜半楽(やはんらく)/春風馬堤曲(しゅんぷうばていのきょく)”は2020年7月、initium ; auditorium立ち上げの際に河崎純氏に委嘱した作品です。配信初演は、歌手が1人でピアノを弾き歌い、エレクトロニクスと合わせる孤独な録音でしたが、本日はフェスなので(!)作曲者によるライヴ編曲版を楽器奏者の皆さんと初演します。テクストは与謝蕪村の俳句や漢詩、そのフランス語訳など様々な形態で、音楽のスタイルも、童歌、ラップ、インプロ、現代音楽など多様です。本日演奏する前半部分“春風馬堤曲”の内容は、大阪で奉公する少女が、藪入りで長良川に沿って京の実家へ帰る道のりを描いたものです。郷里から大阪へ戻る後半“夜半楽”は初演動画版でお楽しみ頂ければ幸いです。

◆初演動画版
https://www.initium-auditorium.com/concert/He8QdJxETP6IQ9uPnTTo

共演者プロフィール
河崎純(作曲・コントラバス)
https://www.biologiamusic.com/

熊坂路得子(アコーディオン)
http://acco.rutsuko.site/

小森慶子(クラリネット)
https://koikeraha.tumblr.com/

深川智美(マリンバ・打楽器)
https://www.facebook.com/tomomi.fukagawa.5



与謝蕪村(1716-1783)「春風馬堤曲」は作品集『夜半楽』(安永六年=1777年)に収められている。俳句、漢詩、漢文読み下しなどが混ざり合う「俳体詩」の手法が用いられているが、この形式には先行例がなく、また後に同じような試みをする俳人・詩人も現れなかった。詩歌句界の異端的な作品である。
この十八首からなる詩について、蕪村は冒頭で唐人「謝蕪村」を名乗り、漢文の形で次のような前文をつけている。「故郷の親しい老人を尋ねようと、川沿いの道をたどるうちに、故郷の家に帰る女性と出会い、言葉をかわすようになった。美しく心優しいその娘に心惹かれ、十八首の歌を作って彼女の気持ちを語ってみることにした」。詩の中では、老年の蕪村のまなざしを通して、移り変わる春の景色に呼応する娘の心情、特に母への思慕という蕪村の好んだ題材の一つが描かれている。
本日歌われるのはこの十八首の原文及び、歌手によるフランス語訳である。ここにそれらのテクスト及び現代日本語訳を載せる。なお、楽曲の動画版には「春風馬堤曲」を下敷きにした佐藤春夫(1892-1964)による無声映画のシナリオ「春風馬堤図譜」(1927)が用いられているが、今日は蕪村による「春風馬堤曲」の部分のみ紹介したい。




◆春風馬堤曲  十八首

1. やぶ入(いり)や浪花を出て長柄川(ながらがわ)

2. 春風(はるかぜ)や堤(つつみ)長(なご)うして家遠し

3. 堤下摘芳草(ツツミヨリオリテホウソウヲツメバ)  荊與蕀塞路(ケイトキョクトミチヲフサグ)
荊蕀何妬情(ケイキョクナンゾトジヨウナル)  裂裙且傷股(クンヲサキカツコヲキヅツク)

De la rive, je descends
Des herbes odorantes cueillant,
Des épines me barrent le passage
De quoi sont-elles jalouses et pas sages ?
Elles déchirent mon kimono, aux cuisses me griffant.

4. 溪流石點々(ケイリュウイシテンテン)  踏石撮香芹(イシヲフンデコウキンヲトル)
多謝水上石(タシャススイジョウノイシ)  敎儂不沾裙(ワレヲシテクンヲヌラサザラシム)

Merci, pierres sur l'eau
D'éviter de mouiller mon kimono.
Pierres s'éparpillent sur l'eau
Me permettent de marcher sur leur dos
Pour cueillir les persils qui ne poussent pas très haut.

5. 一軒の茶見世の柳老にけり

6. 茶店の老婆子(ろうばし)儂(われ)を見て慇懃に
無恙(ぶよう)を賀し且儂(わ)が春衣(しゅんい)を美(ほ)ム

La vieille femme qui me connait depuis mon enfance m'a retrouvé, s'est réjouie de ma santé, et a fait des compliments sur ce que je portais.

7. 店中有二客(テンチュウニキャクアリ)  能解江南語(ヨクカイスコウナンノゴ)
酒錢擲三緡(シュセンサンビンナゲウチ)  迎我讓榻去(ワレヲムカエタフヲユヅツテサル)

Il y avait deux clients qui parlaient le dialecte de Konan. En m'apercevant, ils ont payé puis m’ont cédé leur place à moi.

8. 古驛(こえき)三兩家(さんりょうけ)猫兒(びょうじ)妻を呼(よぶ)妻來(きた)らず

9. 呼雛籬外鷄(ヒナヲヨブリガイノトリ)  籬外草滿地(リガイクサチニミツ)
雛飛欲越籬(ヒナトビテカキヲコエントホツス)  籬高墮三四(カキタコウシテオツルコトサンシ)

10. 春艸(しゅんそう)路三叉(みちさんさ)中に捷徑(しょうけい)あり我を迎ふ

11. たんぽゝ花咲(さけ)り三々五々(さんさんごご)五々は黄に
三々は白し記得(きとく)す去年(こぞ)此路(このみよりす)

12. 憐(あわれ)みとる蒲公(たんぽぽ)莖(くき)短(みじこう)して乳を浥(あませり)

13. むかしむかししきりにおもふ慈母の恩
慈母の懷袍(かいほう)別に春あり

14. 春あり成長して浪花にあり
梅は白し浪花橋邊(なにわきょうへん)財主(ざいしゅ)の家
春情まなび得たり浪花風流(ブリ)

15. 郷を辭(じ)し弟(てい)に負(そむ)く身三春(さんしゅん)
本(もと)をわすれ末(すえ)を取(とる)接木(つぎき)の梅

16. 故郷春深し行々(ゆきゆき)て又行々(ゆきゆく)
楊柳長堤(ようりゅうちょうてい)道漸(ようや)くくだれり

17. 嬌首(きょうしゅ)はじめて見る故園の家黄昏(こうこん)
戸に倚る白髮の人弟を抱き我を待(まつ)春又春

18. 君不見(みずや)古人(こじん)太祇(たいぎ)が句
藪入の寢(ぬ)るやひとりの親の側


◆現代日本語訳

1. 藪入りの休暇をもらい、私は奉公先の大阪を出て長良川沿いの道を歩いている

2. 春の風が吹いているが、川沿いの道は長く家は遠い

3. 土手から下りて香草を摘んでいると、イバラの棘に道を塞がれた
イバラは何を妬むのだろう 着物の裾が痛み腿にも傷がついた

4. 渓流には石が点在し、その石を踏んで芹も摘んだ
ありがとう、水上の石たち おかげで着物の裾を濡らさずにすんだ

5. 道中に茶店がある 店の前の柳が年を取ったようだ

6. 子供の頃から知る茶店のお婆さんが私を見つけ、大げさなほどに
つつがないことを喜び、私の着物を誉めてくれた


7. 店には二人の客が居て、大阪の言葉を達者に話していたが
私の姿を見つけるとお金を払い、席を譲ってくれた

8. 古い町並みに二、三軒の家がある 猫が牝を呼ぶが相手はそっけない

9. 鶏もまた、若草の生える垣根の外から雛を呼んでいる  
雛は飛び越えようとするが、垣根が高すぎて何度も落ちてしまう

10. 春の草地には三叉路がある そのうち一つが故郷への近道で、私を招き入れるようだ

11. 白と黄色のたんぽぽが点々と咲いている
以前もこの道を通って里帰りしたものだ

12. たんぽぽを見て心が動かされた
茎はまだ短いが、摘み取ると乳のような汁が滴った

13. 乳から記憶は遡り、私を慈しんで育ててくれた母を思う
懐かしい母の抱擁は格別の春でもあった

14. 春のような母の懐から出て、成長した私は大阪にいる
屋敷に白い梅の咲く資産家の家で奉公しているのだ
春に浮足立つように、大阪の都会の色に染まってしまった

15. 小さな弟を母にまかせて故郷を出て はや三年
本分を忘れて目先のことにかまける私は、屋敷に咲く接ぎ木の梅のようだ

16. 故郷は春たけなわで、足取りも軽くなる
柳の並ぶ長い川沿いの道がようやく下り坂になった

17. 首をのばして見ると我が家は黄昏に染まっている
家の前で白髪の母が弟を抱いて私を待っている

18. 昔の俳人である太祇(たいぎ)もこう詠んでいた
「藪入りで一人の親の側で眠る」


フランス語訳詞、現代語訳:小阪亜矢子
フランス語翻訳協力:Olivier HUET
参考文献:高橋治『蕪村春秋』朝日新聞社(2001/1998), 中村 草田男『蕪村集』講談社文芸文庫(2000/1985), 萩原朔太郎『郷愁の詩人 与謝蕪村』 岩波文庫(1988/1922)

Program

Total
18:38

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“夜半楽(やはんらく)/春風馬堤曲(しゅんぷうばていのきょく)”は2020年7月、initium ; auditorium立ち上げの際に河崎純氏に委嘱した作品です。配信初演は、歌手が1人でピアノを弾き歌い、エレクトロニクスと合わせる孤独な録音でしたが、本日はフェスなので(!)作曲者によるライヴ編曲版を楽器奏者の皆さんと初演します。テクストは与謝蕪村の俳句や漢詩、そのフランス語訳など様々な形態で、音楽のスタイルも、童歌、ラップ、インプロ、現代音楽など多様です。本日演奏する前半部分“春風馬堤曲”の内容は、大阪で奉公する少女が、藪入りで長良川に沿って京の実家へ帰る道のりを描いたものです。郷里から大阪へ戻る後半“夜半楽”は初演動画版でお楽しみ頂ければ幸いです。

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