南部由貴
ピアノ
約100年前、ヨーロッパで脈々と受け継がれてきた伝統的な調性音楽から抜け出そうと、無調音楽や12音技法を生み出したシェーンベルク。そして約60年前、それまで西洋音楽を模倣してきた日本の現代音楽界において、独自の鋭い感性と研ぎ澄まされた音楽によって、新たな時代を切り拓いた武満徹。
世界の在り方が劇的に変化していく今、二人の作曲家の作品を通して、これまでには存在し得なかった新しいものを生み出す力と、その先の可能性を信じたい。
アーノルト・シェーンベルク ピアノのための6つの小品 作品19
Arnold Schoenberg: Sechs kleine Klavierstücke op.19
1911年の作品。非常に短い6つの曲で構成されている。最初の5曲は2月19日にわずか1日で作曲された。第6曲は、崇拝していたグスタフ・マーラーの没後、埋葬に立ち会った際の印象をもとに6月17日に作曲された。
6曲は和声的な響きはあるが調性は機能しておらずすべて無調であり、それぞれの小品が独立したキャラクターをもっている。
第1曲 Leicht, zart(軽く、柔らかく)
鼻歌のように始まるメロディー。和声はめまぐるしく変化し、ひとところに立ち止まることがない。
メロディーは柔らかく軽やかに現れ、そしてどこかへ消えてゆく。
第2曲 Langsam(遅く)
「äußerst kurz 極めて短く」と表記された3度音程のスタッカートと、対照的な伸縮性のあるメロディーとが互いに交差しあうどこかユーモアのある作品。
第3曲 Sehr langsam(非常に遅く)
「最初の4小節は右手は常にfフォルテで、左手は常にppピアニッシモで演奏しなければならない」と表記がある。5小節目からは何かを思案しているかのようなメロディーが現れ、それに応答するかのような和声で対話は終わる。
第4曲 Rasch, aber leicht(速く、しかし軽く)
おどけたようなリズムがやってきたかと思うと、立ち止まる。考え事をしたあと、何かを思いついたかのように突然フォルテで決然と締めくくられる。
第5曲 Etwas rasch(いくらか速く)
軽やかなワルツ。男女がステップを交わすように、右手と左手が同時に鏡のように動く。突然ステップが崩れてゆき終わりを迎える。
第6曲 Sehr langsam (非常に遅く)
澄み切った和声の伸びと響きの重なりが静まりきった空間を思わせる曲。
終音は「wie ein Hauch 息・そよ風のように」。
武満徹 ピアノ・ディスタンス
1961年の作品。ピアニスト高橋悠治の初リサイタル(1961年4月・草月ホール)のために作曲された。タイトルに特別の意味は込められていない。3秒ごとに小節線が区切られ、強弱やペダルの指示が細かく記されている。
西洋音楽が踏襲してきた様式や構造はそこにはなく、調性や規則正しいリズムもない。
研ぎ澄まされた音が並び、奏者・聴き手ともに異空間のような武満の世界に引き込まれる。
「言葉というものは、ものを正確に名指すのが本来の機能であるのかもしれないけれど、言葉はそれだけではなくて、なにかある運動を起こすもの、つまりその言葉に接することによって人の内部に波紋というか、あるいは振動を起こすものでなければいけないと思う。それで音楽というものも、人の内面に入っていって振動を与える、それから変化を与えるものでなければならないだろうと思うのです。」(「音とことばの多層性」『音楽を呼びさますもの』武満徹著)
約100年前、ヨーロッパで脈々と受け継がれてきた伝統的な調性音楽から抜け出そうと、無調音楽や12音技法を生み出したシェーンベルク。そして約60年前、それまで西洋音楽を模倣してきた日本の現代音楽界において、独自の鋭い感性と研ぎ澄まされた音楽によって、新たな時代を切り拓いた武満徹。
世界の在り方が劇的に変化していく今、二人の作曲家の作品を通して、これまでには存在し得なかった新しいものを生み出す力と、その先の可能性を信じたい。
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