0:00 / 0:00

チェンバロで聴くJ.S.Bachの名曲

高野凜

現代でも多くの方に親しまれている作曲家「J.S.Bach」のピアノでよく演奏されている有名曲を、当時の西洋で盛んに用いられた鍵盤楽器「チェンバロ」で演奏しました。
チェンバロに慣れ親しんでいない方でも楽しめるよう、ピアノとの違いや楽器についての説明もあります。

J.S.Bach (ヨハン・セバスティアン・バッハ) 1685年3月21日アイゼナハ生-1750年7月28日ライプチヒ没
バッハ家は200年にわたって数多くの音楽家を生み出した大音楽家系であり、ヨハン・セバスティアン・バッハは8人兄弟の末っ子として生まれる。
ルター派の信者でもあったバッハは生涯ドイツ国外に出ることはなく宮廷音楽家通してドイツの王と教会に仕えた。
多作で作曲ジャンルも幅広く、1750年に65歳で亡くなるまでに1000曲以上も作曲したと言われている。
現在では、BWV (Bach-Werke-Verzeichnis) という作品番号を用いてナンバリングされるのが一般的だが、これはバッハ自身が振り分けた訳ではなく、
ヴォルフガング・シュミーダーが1950年に編纂した、J.S.バッハの作品目録の中で提唱された。
他の作曲家の作品番号は作曲順や出版順が多いが、BWVはジャンルで分けられて番号を振られている。チェンバロソロの作品はオルガン以外の鍵盤楽器の曲として、BWV772-994に纏められている。
生前は演奏家としては名を挙げていたが、作曲家としてはあまり有名ではなく、没後は時代や流行の変化により演奏される機会も減少した。
バッハの作品が再び脚光を浴びたのは1829年。メンデルスゾーンがバッハのマタイ受難曲を演奏したことを皮切りに、多くの作品が楽しまれるようになった。
バッハの遺した音楽はモーツァルトやベートーヴェン、ショパン等、多くのクラシック音楽の巨匠たちに少なくない影響を及ぼし続けた為、後に「音楽の父」と称された。

【インベンション】
バッハは《インベンションとシンフォニア》を、息子のヴィルヘルム・フリーデマンの音楽学習のために作曲した。
模倣様式が採用された器楽曲で、短い呈示部と長めの展開部から成り、一部の曲では短い再現部によって閉じられる。フーガやシンフォニアと違って、主題の応答に属調を用いることはない。
自筆浄書譜には次のような表題がある。
「クラヴィーアの愛好者、とくにその学習希望者に、(1) 二つの声部をきれいに弾きこなすだけでなく、更に上達したならば、(2) 三つのオブリガート声部をも正しく、かつ、手際よく処理し、あわせて同時にインヴェンツィオをたんに得るだけでなく、それをたくみに展開し、そしてとりわけカンタービレの奏法をしっかりと身につけ、しかもそのかたわら作曲への強い関心をも養うための明確な方法を教示するところの、正しい手引き。 アンハルト=ケーテン侯宮廷楽長ヨハン・ゼバスティアン・バッハ これを完成す。1723年。」
曲集全体は、第1曲のハ長調から第15曲のロ短調まで、音階を上るように配列されている。

【平均律クラヴィーア曲集】
平均律というのは、ある音から1オクターブ高い音までを、均等に12の音で分割する調律方法である。
現代のピアノの調律が、通常平均律で調律されている。
第1巻 (1722) と第2巻 (1744) があり、作曲されたのはケーテンに務めた時代、また長男フリーデマンに音楽の手ほどきを始めた時代にあたる。
1巻・2巻共に、12音を主音とする長短調による24の前奏曲とフーガからなっている。

【フランス組曲】
1722年頃に作曲された鍵盤楽器の為の組曲で、アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグを中心とする舞曲で出来ている。全部で6曲あり、前半3曲が短調、後半3曲が長調で、ひとつの組曲は調的に統一されている。バッハは生涯フランスへ旅をすることはなかったが、当時のヨーロッパでは既に楽譜の流通が成立していた為、沢山の楽譜を取り寄せ研究を重ねフランスで盛んだったチェンバロ組曲のスタイルを自分のものにすることが出来た。
尚、バッハ自身がフランス組曲と名付けた訳ではなく、後にフレンチスタイルの組曲を構成する舞曲を含めて作られているため、フランス組曲と呼ばれるようになった。
今回演奏する5番は、アルマンド、クーラント、サラバンド、ガヴォット、ブーレ、ルール、ジーグから成り立っている。

【半音階的幻想曲とフーガ】
題名の通り、半音階による幻想曲にレチタティーヴォが続き、半音階的な主題に基づくフーガが演奏される。多数の筆写楽譜が残っているが、最古のものはワイマールでバッハの弟子だったJ.T.クレープスのものなので、恐らくワイマール (~1717年) 又はケーテン時 (1717~1723年) に作曲されたと考えられる。
幻想曲というのは、形式に縛られず自由に書かれた曲につけられるタイトルである。楽譜上では、和音しか記されておらず演奏者は自分の責任野本に自由にアルペジオで演奏する場面がある。
後半はオペラのレチタティーヴォ (語り) のような部分が登場する。
フーガではテーマの前半に半音階が使われている。また、テーマの冒頭の4音をドイツ語に直すA→B→H→Cと続く。これらを入れ替えるとBACHとなる。つまり自分の名前を冒頭に持ってきているのだ。
バッハは自分の名前を音符に置き換えたり、アルファベットのひとつひとつに数字的意味を持たせるヌメロロジーという分野に則り、14 (BACH) や41 (J .S .BACH) の数字をフーガのテーマの音数や曲集の曲数に用いることがよくある。

【イタリア協奏曲】
バッハはイタリア的特性を備えた器楽の協奏曲をヴァイマル宮廷の宮廷音楽家や宮廷オルガニスト、コンツェルトマイスターとしての地位についていた比較的若い頃 (1708年以降) に極めて熱心に学んだ。
独奏協奏曲は、コンチェルト・グロッソ (合奏協奏曲) の形式から発展しヴァイオリン協奏曲として、17世紀イタリアで生まれた形式である。
トゥッティーとソロの対比を明白にするために、バッハはフォルテとピアノという強弱記号を用いている。それを有効に表現することができるようにバッハはこの作品のタイトルにおいても、<2段手鍵盤つきクラヴィツィンベルのため>、とはっきりと規定している。このタイトルを付ける事によって、彼がより好んだクラヴィコードで演奏されることを意識的に排除したのである。
イタリアの協奏曲の理念がとりわけ明白である緩徐楽章では、右手はもっぱら協奏的独奏声部の機能を担っているし、左手は終始伴奏という使命を持っている。

【トッカータ】
トッカータは主に鍵盤楽器による速い走句 (パッセージ) や細かな音形の変化などを伴った即興的な楽曲で、技巧的な表現が特徴。toccataはイタリア語の動詞toccare (触れる) に由来しており、オルガンやチェンバロの調子、調律を見るための試し弾きといった意味が由来である。
バッハのトッカータは1705~1714年頃に作曲されたチェンバロ又はオルガンの為の作品で、全部で7曲ある。
どの曲も冒頭はトッカータであり、そのトッカータに続き楽曲ごとに特徴のあるいくつかの楽想が続く。
今回演奏するトッカータホ短調は、導入→フーガ1→アダージョ→フーガ2という形式で成り立っている。冒頭部分はトッカータに典型的な走句をもたず、他の作品と比べて控えめな始まり方をする。
初めに出てくるフーガでは、2つの主題が同時に提示される二重フーガとなっている。
最後のフーガは真作であるが、ナポリ音楽院に伝わる古い手稿資料にそっくりの主題を持つフーガがあり、バッハはこれを借用したと見られている。

Program

Total
55:00

Artists

Tags

チェンバロで聴くJ.S.Bachの名曲

高野凜

現代でも多くの方に親しまれている作曲家「J.S.Bach」のピアノでよく演奏されている有名曲を、当時の西洋で盛んに用いられた鍵盤楽器「チェンバロ」で演奏しました。
チェンバロに慣れ親しんでいない方でも楽しめるよう、ピアノとの違いや楽器についての説明もあります。

利用規約

プライバシーポリシー

運営団体について

お問い合わせ

よくあるご質問

謝辞

許諾番号 JASRAC:9024979001Y45037

許諾番号 JASRAC:9024979001Y45037

(c) project initium

このサイトは、ユーザー体験向上のためCookieを使用しています。詳細を見る